2025-05-07 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第六図 騎牛帰家
序
干戈已罷、得失還空
唱樵子之村歌、吹児童之野曲
身横牛上、目視雲霄
呼喚不回、撈籠不住
干(かん)戈(か)已(すで)に罷(や)み、得失(とくしつ)還(ま)た空(くう)ず
樵(しょう)子(し)の村歌を唱(とな)え、児童の野曲を吹く
身を牛上に横たえ、目に雲(うん)霄(しょう)をみる
呼(こ)喚(かん)すれども回(かえ)らず、撈(ろう)籠(ろう)すれども住(とど)まらず
頌
騎牛迤邐欲還家
羗笛声声送晩霞
一拍一歌無限意
知音何必鼓唇牙
牛に騎(の)って迤邐(いり)として家に還(かえ)らんと欲す
羗(きょう)笛(てき)声声晩(ばん)霞(か)を送る
一拍一歌限り無き意
知(ち)音(いん)は何(なん)ぞ必しも唇(しん)牙(げ)を鼓(こ)せん
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ウパニシャッドの離脱法
「万法すゝみて自己を修証するはさとりなり」は、受動態が前提になっているが、実は能動態の時も同じく、「万法すゝみて自己を修証する」ことになる。それについて説明する前に、能動態での離脱法について、ウパニシャッドの例を見てみよう。
カタ・ウパニシャッドを見ると、次のようにある。
「心臓の脈管は百と一つある。そのうちの一つは頭頂へと走っている。(アートマンは)それによって上方におもむき、(頭頂の孔(ブラフマランドラ)から身体を抜け出して)不死に到達する。」
カタ・ウパニシャッドではこのように、頭頂へと走っている脈管(スシュムナー)(中空の竹)を通して自力で真我を悟入させている。だが、これはカタ・ウパニシャッドに限った話ではない。最古層のチャーンドーギヤ・ウパニシャッド(紀元前7-8世紀)でも全く同じ文章が掲載されていることから、紀元前の古ウパニシャッドは、一貫して同じ原理と方法を採用していたことが確認できる。またマーイトリ・ウパニシャッド(紀元前2世紀~紀元2世紀頃)にもスシュムナー管を使って離脱する方法が幾つか述べてられている。(以下、「世界の名著」第1巻)
「この脈管に気息と唵(オーム)と意とを加え、これによって上方に登り行くべきである。」
「これ(唵)によって上方に登れば、終(つい)に無声梵の中に消融する」