一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-203

2025-05-03 著者:小山一夫

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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章    第六図 騎牛帰家


序
干戈已罷、得失還空
唱樵子之村歌、吹児童之野曲
身横牛上、目視雲霄
呼喚不回、撈籠不住

干(かん)戈(か)已(すで)に罷(や)み、得失(とくしつ)還(ま)た空(くう)ず
樵(しょう)子(し)の村歌を唱(とな)え、児童の野曲を吹く
身を牛上に横たえ、目に雲(うん)霄(しょう)をみる
呼(こ)喚(かん)すれども回(かえ)らず、撈(ろう)籠(ろう)すれども住(とど)まらず

頌
騎牛迤邐欲還家
羗笛声声送晩霞
一拍一歌無限意
知音何必鼓唇牙

牛に騎(の)って迤邐(いり)として家に還(かえ)らんと欲す
羗(きょう)笛(てき)声声晩(ばん)霞(か)を送る
一拍一歌限り無き意
知(ち)音(いん)は何(なん)ぞ必しも唇(しん)牙(げ)を鼓(こ)せん
 

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騎牛帰家では、牛と童子がぶつかり合うこともなくなり、ついにひとつとなって家山へと帰ってゆく。牛は童子を乗せながら、自ら帰路につく。童子の指図はもはや必要ない。牛自身が行くべきところを知っている。呼び止めても、引き止めてもとどまることはない。

 

干戈とは、楯(たて)と鉾(ほこ)の意、つまり争いのこと。罷みとは、おわる、力尽きて疲れること。雲霄とは、空、遥かな空の果て、遠い天や雲。喚とは、よぶ、声を掛ける。回とは、振りかえる。撈籠とは、引き止めること。

 


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