一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-218

2025-05-18 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章    第六図 騎牛帰家


序
干戈已罷、得失還空
唱樵子之村歌、吹児童之野曲
身横牛上、目視雲霄
呼喚不回、撈籠不住

干(かん)戈(か)已(すで)に罷(や)み、得失(とくしつ)還(ま)た空(くう)ず
樵(しょう)子(し)の村歌を唱(とな)え、児童の野曲を吹く
身を牛上に横たえ、目に雲(うん)霄(しょう)をみる
呼(こ)喚(かん)すれども回(かえ)らず、撈(ろう)籠(ろう)すれども住(とど)まらず

頌
騎牛迤邐欲還家
羗笛声声送晩霞
一拍一歌無限意
知音何必鼓唇牙

牛に騎(の)って迤邐(いり)として家に還(かえ)らんと欲す
羗(きょう)笛(てき)声声晩(ばん)霞(か)を送る
一拍一歌限り無き意
知(ち)音(いん)は何(なん)ぞ必しも唇(しん)牙(げ)を鼓(こ)せん
 

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<参考> 呼吸とサマディ


サマディに入ると呼吸が止まるとか、か細くなるという話がよくヨーガ関係の本に出てくる。それで呼吸を長く止める練習をしたり、できるだけ回数を少なくする訓練をするところもあるようだが、それは間違いだ。呼吸を長く行なったり、止めたりすれば、血中酸素濃度が低下する。すると眩暈(めまい)がしたり、臨死体験現象に近いことが起こる。もしそれが原因で幻聴や幻覚が起こったのを、サマディと錯覚して喜んでいるようならなんとも情けない話だ。


では本当のところどうなのかと言うと、サマディに入るときに呼吸をコントロールする必要などない。最も体調がいい状態(リラックスしていて、血中酸素濃度も適正の時)で出来なければ出来たとは言えない。

 

確かに離脱する瞬間は呼吸が止まるが、それは一瞬のことだ。その後は呼吸をしているか、していないか、自分ではわからないようになるが、だからといって呼吸が止まっているわけではない。つまりサマディの結果として「呼吸の一瞬の停止」や「呼吸がか細くなる」のであって、呼吸をコントロールすることでサマディに入れると考えるのは誤りだ。


また特定の場所や条件がなければできない、というのもどうかと思う。いつでもどこでも普通に出来なければ、出来たことにならない。それがサマディというものだ。

 


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