一般財団法人 野萩青少年育成財団
記事一覧に戻る

禅の十牛図 考-228

2025-05-28 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
***********************************************

 

第3章 第七図 忘牛存人
序
法無二法、牛且為宗
喩蹄兎之異名、顯筌魚之差別
如金出鉱、似月離雲
一道寒光、威音劫外

法に二法無し、牛を且(しば)らく宗と為す
蹄(てい)兎(と)之異名に喩(たと)え、筌魚(せんぎょ)之差別を顕わす
金の鉱を出ずるが如く、月の雲を離るるに似たり
一道の寒光、威(い)音(おん)劫(ごう)外(げ)

頌
騎牛已得到家山
牛也空兮人也閑
紅日三竿猶作夢
鞭縄空頓草堂間

牛に騎(の)ってすでに家山に至ることを得たり
牛もまた空(くう)じ人もまた閑(しずか)なり
紅(こう)日(じつ)三(さん)竿(かん)、猶(な)お夢を作(な)す
鞭(べん)縄(じょう)空しく頓(さしお)く草堂の間
 

****************************

 

牛に騎(の)ってすでに家山に至ることを得たり
牛も也(ま)た空(くう)じ人もまた閑(しずか)なり
紅(こう)日(じつ)三(さん)竿(かん)、猶(な)お夢を作(な)す
鞭(べん)縄(じょう)空しく頓(さしお)く草堂の間

紅日三竿とは、午前8時頃。空とは、「穴」+「工」で突き抜けて穴があき中に何もないの意。閑とは、安らかな、全てを超越したの意。頓くとは、捨ておくこと、置きっ放しにすること。草堂とは、草庵、いおり、自分の家を謙遜して言う語。

牛に乗ってようやく家山に到ることができた。牛は姿を消し、人もまた閑に坐す。朝日が高く昇っても、なお夢の中にいるようだ。牛が消えた今、鞭も縄も必要ない。唯一、牧童だけがいる
 


元記事