2025-05-24 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第七図 忘牛存人
序
法無二法、牛且為宗
喩蹄兎之異名、顯筌魚之差別
如金出鉱、似月離雲
一道寒光、威音劫外
法に二法無し、牛を且(しば)らく宗と為す
蹄(てい)兎(と)之異名に喩(たと)え、筌魚(せんぎょ)之差別を顕わす
金の鉱を出ずるが如く、月の雲を離るるに似たり
一道の寒光、威(い)音(おん)劫(ごう)外(げ)
頌
騎牛已得到家山
牛也空兮人也閑
紅日三竿猶作夢
鞭縄空頓草堂間
牛に騎(の)ってすでに家山に至ることを得たり
牛もまた空(くう)じ人もまた閑(しずか)なり
紅(こう)日(じつ)三(さん)竿(かん)、猶(な)お夢を作(な)す
鞭(べん)縄(じょう)空しく頓(さしお)く草堂の間
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<参考> 神道における祓いの思想
大祓詞は、中臣祓詞とも言われる。
その成立は、天智、天武、文武の各天皇の時代ということで諸説あるが、7世紀よりも古いことは間違いなさそうだ。現在大祓の神事は、全国の神社で6月と12月の年2回行なわれている。
その大祓詞の核心部分では、「速川の瀬(瀬織津比売)」、「鹽の八百會(速開都比咩)」、「根国底国(速佐須良比咩)」の3つのステージで段階的に祓いが行なわれる。移動の際に働くのは「息吹戸主」という神の力で、より深い層へ罪穢れを追いやってゆく。そして最後は、「持佐須良ひ失ひてむ」で決着がつく。
焼き尽くすとかではなく、何処かへ離れてゆくのだ。これはウパニシャッド的な思想に似ている。