一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-235

2025-06-04 著者:小山一夫

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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第八図 人牛倶忘


序
凡情脱落、聖意皆空
有佛處不用遨遊、無佛處急須走過
兩頭不著、千眼難窺
百鳥含花、一場懡*

凡(ぼん)情(じょう)脱落し、聖(しょう)意(い)皆空ず
有(う)仏(ぶつ)の處、遨(ごう)遊(ゆう)することを用いず
無(む)仏(ぶつ)の処、急に須(すべか)らく走過(そうか)すべし
両頭に著(じゃく)せずんば、千眼も窺(うかが)い難(がた)し
百鳥華を啣(ふく)む、一場の懡(も)*(ら)

頌
鞭索人牛盡屬空
碧天遼闊信難通
紅爐焔上爭容雪
到此方能合祖宗

鞭索(べんさく)人(じん)牛(ぎゅう)、尽(ことごと)く空に属す
碧天(へきてん)遼(りょう)闊(かつ)として信(しん)通じ難し
紅(こう)爐(ろ)焔上(えんじょう)、争(いか)でか雪を容(い)れん
此(ここ)に到って方(まさ)に能(よ)く祖宗に合(かな)う
 

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釈迦の死も、クシナガラでチュンダより受けた食事によって激しい腹痛を味わったことに起因するものだし、その前にも死に瀕する大病を経験している。また「ヨーガの宗教理念」では、佐保田博士は20世紀の三大聖者として、ラーマクリシュナ、ヴィヴェーカナンダ、ラーマナ・マハーリシをあげておられるが、ラーマナ(70歳)以外は残念ながら二人とも早逝されている。

 

ラーマクリシュナは喉の癌で50歳、ヴィヴェーカナンダも喘息と糖尿病で苦しみながら39歳で亡くなった。同書によれば、ラーマクリシュナは、「からだはものすごくやつれて、骨と皮ばかりになり、声も出なくなった。ノドの出血はひんぱんになり、そのたびに非常な苦しみようであった。」という。つまり生前解脱をしても、このように全ての災いが回避されるわけではないのだ。


そこで、「人間は不完全なものであるから、死後になって初めて完全な解脱が得られると考えた。死後に二元が完全に分離することを離身解脱と称する。この際に二元は滅亡するのではなくて、分離するだけである。ここで純粋精神は独存となり、本来固有の純粋精神性を発揮する。」(「ヨーガとサンキャの思想」)という思想が説かれた。


このようにサーンキャ詩でも取り上げられているくらいだから、肉体の死と解脱との関係は当時から問題となっていたわけだ。これは仏教に於いても、解脱の定義の根本に関わる問題だったと想う。しかし、言葉の使い方は違うが、もしも生前解脱を彼岸とし、離身解脱を涅槃と考るならば、これまでの疑問がかなり解けると思う。
 


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