一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-243

2025-06-12 著者:小山一夫

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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第八図 人牛倶忘


序
凡情脱落、聖意皆空
有佛處不用遨遊、無佛處急須走過
兩頭不著、千眼難窺
百鳥含花、一場懡*

凡(ぼん)情(じょう)脱落し、聖(しょう)意(い)皆空ず
有(う)仏(ぶつ)の處、遨(ごう)遊(ゆう)することを用いず
無(む)仏(ぶつ)の処、急に須(すべか)らく走過(そうか)すべし
両頭に著(じゃく)せずんば、千眼も窺(うかが)い難(がた)し
百鳥華を啣(ふく)む、一場の懡(も)*(ら)

頌
鞭索人牛盡屬空
碧天遼闊信難通
紅爐焔上爭容雪
到此方能合祖宗

鞭索(べんさく)人(じん)牛(ぎゅう)、尽(ことごと)く空に属す
碧天(へきてん)遼(りょう)闊(かつ)として信(しん)通じ難し
紅(こう)爐(ろ)焔上(えんじょう)、争(いか)でか雪を容(い)れん
此(ここ)に到って方(まさ)に能(よ)く祖宗に合(かな)う
 

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鞭索(べんさく)人(じん)牛(ぎゅう)、尽(ことごと)く空に属す
碧天(へきてん)遼(りょう)闊(かつ)として信(しん)通じ難し
紅(こう)爐(ろ)焔上(えんじょう)、争(いか)でか雪を容(い)れん
此(ここ)に到って方(まさ)に能(よ)く祖宗に合(かな)う

遼とは、遠くまで続いているさま。闊とは、広い、遥か。紅爐とは、真っ赤な炉。焔とは、ほのお。碧巌録六十九則にも、「紅炉上の一点の雪の如し」とある。何の痕跡も残さないことの喩。争でかとは、どうしての意。祖宗とは、祖師からの教え。

鞭も手綱も、人も牛もみな姿を消した。音信も通ずることなく、青く澄んだ空が遥かに広がっている。紅爐の焔の中には、雪の入り込む余地などない。雪は跡形もなく融けて蒸発してしまう。ここに到って初めて、祖師からの教えと一つになる。
 


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