2025-06-24 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第九図 返本還源
序
本来清浄、不受一塵
観有相之栄枯、処無為之凝寂
不同幻化、豈仮修治
水緑山青、坐観成敗
本来清(しょう)浄(じょう)にして、一(いち)塵(じん)を受けず
有(う)相(そう)の栄(えい)枯(こ)を観じて、無為の凝(ぎょう)寂(じゃく)に処(しょ)す
幻(げん)化(け)に同じからず、豈(あに)に修(しゅ)治(じ)を仮らんや
水緑に山青くして、坐(いながら)にして成敗(せいばい)を観る
頌
返本還源已費功
争如直下若盲聾
庵中不見庵前物
水自茫茫花自紅
本(もと)に返り源(みなもと)に還って已(すで)に功を費(ついや)す
争(いか)でか如(し)らん、直(じき)下(げ)に盲(もう)聾(ろう)の若(ごと)くならんには
庵中に見ず庵前の物
水は自ずから茫茫(ぼうぼう)、花は自ずから紅なり
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<参考> 無垢三昧
無垢とは穢れなく清浄なこと、垢染していない状態。無垢地(むくじ)は、また離(り)垢(く)地ともいう。天台宗や華厳宗では、第八阿頼耶識が垢浄混在していることから、その上に清浄なる阿摩羅識をたてた。この第九阿摩羅識を無垢識といい、また如来蔵、仏性などと解釈している。無垢三昧とは、無垢識の境涯の禅定に入ることをいう。