2025-06-28 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第十図 入鄽垂手
序
柴門独掩、千聖不知
埋自己之風光、負前賢之途轍
提瓢入市、策杖還家
酒肆魚行、化令成仏
柴門(さいもん)独(ひと)り掩(おお)うて、千(せん)聖(しょう)も知らず
自己之風光を埋(うず)めて、前賢(ぜんけん)之途(と)轍(てつ)に負(そむ)く
瓢(ひさご)を提(さ)げて市(いち)に入り、杖(つえ)を策(つ)いて家に還(かえ)る
酒(しゅ)肆(し)魚行、化(け)して成仏せしむ
頌
露胸跣足入鄽來
抹土塗灰笑満顋
不用神仙真秘訣
直教枯木放花開
胸を露(あら)わし足を跣(はだし)にして*(てん)に入り来る
土を抹(まつ)し灰を塗って笑い顋(あざと)に満つ
神仙真秘の訣(けつ)を用いず
直に枯木をして花を放って開かしむ
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柴門とは、草庵の扉、柴扉のこと。掩うとは、ふさぐ、とざす。知らずとは、窺い知れぬ。風光とは、風格のこと。埋めてとは、かくす、表に出さないこと。途轍とは、筋道、道理。轍とは、わだちのこと。負くとは、背中を向ける、従わないこと。碧巌録第二則に「争奈同途不同轍(争奈せん途を同じくするも轍を同じくせず)」とある。瓢とは、酒や水の容器、瓢箪の中身をくりぬいて乾燥させたもの。酒肆とは、酒屋。魚行とは、魚屋。化とは、徳によって導くこと、自然が万物を育てる働き。
柴扉を閉ざしているから、いかなる聖者も内を窺い知ることはできない。自らの風格を表に出すこともなく、先師達の足跡や教えを踏襲することも拒んでいる。瓢箪をぶる下げて市に入り、杖をついて家に還る。酒屋も魚屋も、徳によって導かれ成仏されよう。