2025-07-18 著者:小山一夫
原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。
ヨーガスートラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
***********************************************
大自然の中でのびのびと制約なく、生命力に溢れて育つ木々と、針金でがんじがらめにされて他人の価値観に無理やり合わせられる盆栽と、どちらが力強く、自然でしょうか?
生活習慣や気持ちの持ち方、心の状態等について「~であるべき」と細かな制約をつけるのではなく、あるがままに、魂の望むがままに、自律的に生きてゆくことこそヨーガ的な生き方なのです。
「心の欲する所に従ひて、矩(のり)を超えず」
これこそ孔子が到達した悟りの境涯であり、また、ヨーガの理想なのです。
ヨーガには、本来固有の宗教性も戒律もありません。それはヨーガが、ヒンドゥー、仏教、道家、イスラム等々様々な宗教に取り入れられていることからも明らかです。もし固有の宗教性があるならば、他の宗教とは拒絶反応が起きたはずです。
ヨーガと宗教は切り離して考えるべきです。
なぜなら、ヨーガによって真の自由を得ることと、宗教的戒律で自らをガチガチに束縛することとは、本質的に矛盾しているからです。
本来のヨーガは、何かに依存することによって他力的に安心を得るのではなく、脳が肉体をコントロールする能力を得ることによって、生理的に心身をベストコンディションに導き、自らの夢と理想を実現する手助けをすることでしょう。
「汝もまた信仰を捨て去れ」
と、釈迦も原始仏典で強く主張していますが、その通りだと思います。
ヨーガに信仰は不要です。
それゆえ信仰に起因する儀式や戒律なども必要ないのです。