2025-07-17 著者:小山一夫
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ヨーガスートラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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これについてはさらに紀元前200年以降に書かれたマイトラーヤナ・ウパニシャッドにも、ひとつの興味深い記述を見ることができます。
「その実修の方法は次の如くである。」として「調気、制感、静慮、執持、思択、等持-以上を具備したものを六支よりなる瑜伽というのである。」(「ウパニシャッド」平河出版 P284)と述べていますが、ここでもヤマとニヤマは省かれています。
ヨーガスートラを挟んでその前後の時代でヤマとニヤマが排除されていますが、これを「ヤマとニヤマは、当時の常識であったからわざわざ書かなかった」と考えるのはすこし無理があるように思います。なぜなら各書共に初歩的な事柄についても書かれているわけですから、ヤマとニヤマだけわざわざ排除するというのには、それなりの理由があって然るべきでしょう。
ほとんどの宗教には特有の戒律があります。でもそれらは多くの場合、帰属意識を維持する為に、あえて束縛感を強要しているような気がしてなりません。
信仰を常に意識させる為には束縛のメニューが多いほうが効果的だからです。「あっ!あれはダメだ!」とか「XXはいいんだけど、これはダメなんだよね」とか、日常生活の多くの場面で様々な縛りをかければ、その都度、信仰を自ら再確認することになるからです。帰属意識の維持に戒律がとても大きな力を発揮するのは、いつの時代でも同じだと思います。