2025-07-20 著者:小山一夫
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ヨーガスートラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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<参考>
*「ひとが或るものに依拠して「その他のものはつまらぬものである」と見なすならば、それは実にこだわりである、と<真理に達した人々>は語る。それ故に修行者は、見たこと・学んだこと・思索したこと、または戒律や道徳にこだわってはならない。」(「スッタニパータ」798)
日常的に「こだわり」が多ければ、とても「止」は達成できません。それでは三昧など夢の話です。ですが、戒律の遵守がもたらす宗教的な満足感を心地よく感じる方々は、悟りを犠牲にして「こだわり」を保持し続けているようです。
*「マーガンディアよ。『教義によって、学問によって、知識によって、戒律や道徳によって清らかになることができる』とは、わたくしは説かない。『教義がなくても、学問がなくても、知識がなくても、戒律や道徳を守らないでも、清らかになることができる』とも説かない。それらを捨て去って、固執することなく、こだわることなく、平安であって、迷いの生存を願ってはならぬ。(これが内心の平安である。)」(「スッタニパータ」839)
ハタ・ヨーガ・プラディーピガーにも書かれているように、「固執」こそがヨーガの完成を妨げ、平安、真理への障壁になるのです。ヨーガとは「心の作用を止滅する」ことなのですから。