一般財団法人 野萩青少年育成財団
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ヨーガスートラ 考-25

2025-08-03 著者:小山一夫

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ヨーガスートラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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「身体との自己同一化を完全に放棄することが呼気(レチャカ)であり、『私は誰か?』という探求を通して内側に消え去ることこそが吸気(プーラカ)である。唯一の実在である『私はそれである』(I AM THAT)としてとどまることこそが維持(クンバカ)である。これこそが真のプラーナーヤーマである。」(「あるがままに」P256)

身体との自己同一化の放棄、内側に完全に消え去ること、そして唯一の実在としてとどまること。
これらは単なる観想や思い込みによって達成できるものではありません。

これはまさに「虚と空」の境涯であり、ヨーガのゴールなのです。


実際のところ、虚観と空観にはある特殊な呼吸の制御が必要です。

これは独特な呼気・吸気・止息の調整なのですが、それは「虚と空」の入り口のところだけで使われるものであり、その領域に入ったならばまったく不要なものになります。

ラーマナ・マハーリシ師の鋭い洞察は、彼がまさしくその域に到達したことを示唆するものだと思います。師の語るように、真のプラーナーヤーマとは、単に吸ったり吐いたりを繰り返すことではないのです。
 


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