2025-08-17 著者:小山一夫
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ヨーガスートラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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ところでラーマナ・マハーリシ師は、ディヤーナについて次のように説明しています。
「自分の本性からけっしてそれることなく、しかも自分が瞑想しているという感覚などないまま、真我としてとどまることである。」(P206)
これは前述の「瞑想とはひとつの想念だけを想いつづけること」の後に続けて出てきますので、ここでの瞑想とは凝念と考えてよいと思います。
真我として留まるのは確かにとても難しいことですが、その際の前提条件は「本性からけっしてそれることなく」と「瞑想しているという感覚などないまま」のふたつです。
つまり「鎮まった状態」でかつ「特定の対象に集中していないこと」が、その要件だというわけです。静慮と凝念は同時に共存できない関係にある、というのが結論なのです。