一般財団法人 野萩青少年育成財団
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ヨーガスートラ 考-55

2025-09-02 著者:小山一夫

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ヨーガスートラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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このように、ヨーガにおける解脱観は何度となく変遷を遂げてきました。目標の在り方が変われば、当然そこに至る技術も同じではありません。ただ最も基本的な部分には一定の共通性がありますので、そこを根拠としてある程度の寛容さと妥協が許されていたように感じます。


「インドの神秘思想は全て、個人のたましい(真我)の解脱を究極的課題としてきた。解脱というのは、たましいがすべての束縛から永遠に自らを解放した状態のことである。」(「ヨーガの宗教理念」P232)
ただ、真我の定義、束縛と解放の論理等については、各流派で当然主張は異なりますので、それを達成する為の技術もまた個別に発達することになります。


もっともこれらはある種の神秘主義といえるものなので、単なる知識の集積によって解脱に至るというスタンスではありません。然るべき修行によって三昧を体得し、解脱を達成するという考え方なのです。


顕教というと、学問主体のように想いがちですが、佐保田博士も
「顕教ヨーガは神秘主義型」(「ヨーガの宗教理念」P229)だと言われていますので、ヨーガは顕密共に神秘主義がその根底にあると考えてよいでしょう。
 


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