2025-09-18 著者:小山一夫
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ヨーガとタントラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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顕教それ自体が有効であるためには、ラーマナ・マハーリシ師のようなサッド・グル(真のグル)が不可欠なのです。しかしいつの時代でも常にサッド・グルがいるとは限りませんし、仮にいたとしても世界各地にいるわけではありません。そこでサッド・グルの機能に代わる何らかのシステムが求められました。それがハタ・ヨーガやクンダリーニ・ヨーガなどの密教ヨーガのメソッドなのです。
この密教ヨーガの確立によって、誰もがある程度の境涯まで到達することが可能になりました。しかしそれでも正しく導いてくれるグルは不可欠です。ただ、この場合のグルは必ずしもサッド・グルのレベルである必要はありません。もちろんサッド・グルであればそれにこしたことはありませんが。
このグルとサッド・グルの違いですが、つまるところタントラのシャクティパッドができるかどうかにあると思います。
ラーマナ・マハーリシ師はしばしばサットサンという言葉を使われました。これは「沈黙の力」であり、「真理との交わり」を意味しています。
師は次のように語ります。
「触れること、見ることなどによるイニシエーションは順位の低いものである。沈黙による伝授はすべての者のハートを変えてしまう。」(「あるがままに」P189)
「沈黙は最も強い影響力を持っている。いかに聖典が広大で力強いものであっても、その効力は無に等しい。グルは静寂の内にあり、周囲のすべてを平和で包み込む。彼の沈黙はすべての経典をひとつにしたものよりもさらに広大で、さらに力強い。」(P190)