2025-09-26 著者:小山一夫
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ヨーガとタントラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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<参考>
*「慈悲を垂れて、(この世の苦悩から)遠ざかり離れる理法を教えてください。わたくしはそれを認識したいのです。」というドータカの願いに対して、釈迦は次のように語ります。
「ドータカよ。伝承によるのではない、まのあたり体得されるこの安らぎを、そなたに説き明かすであろう。それを知ってよく気をつけて行い、世の中の執著を乗り超えよ。」 (「スッタニパータ」1066)
これは次の言行にも通ずるものです。
「メッタグーよ。伝承によるのではなくて、いま眼のあたり体得されるこの理法を、わたしはそなたに説き明すであろう。その理法を知って、よく気をつけて行い、世間の執著を乗り超えよ。」 (「スッタニパータ」1053)
如何なる聖者の教えであっても、単なる伝承であるならば、今まさに起ころうとしている「生きた体験」には敵いません。
ウパニシャッドとは語源的に「側に坐す」という意味ですが、この「いま眼のあたり体得されるこの理法」こそが真に得難き「価値あるもの」なのです。