一般財団法人 野萩青少年育成財団
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タントラとヨーガ 考-37

2025-10-22 著者:小山一夫

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ヨーガとタントラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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ところでこの弥勒菩薩ですが、どのような仏なのかというと、いわゆる未来仏であり、救世主的役割を持っています。


現在は兜率天で説法していますが、釈迦入滅後五六億七千万年経つと如来となってこの世に出現し人々を救済するとされています。


菩薩は究極の存在としての如来とは異なり、言わば人間と如来の間に位置するわけですが、如来に代わって人々を導くという役割も持っています。これは如来の活動にある種の制約があるという考え方に基づいており、人間の解脱を助ける存在とされています。

このように瑜伽者・無着にとってはマイトレーヤがグルであったわけで、その指導のもとに彼は悟りに到達し、「瑜伽師地論」を世に出したわけですが、この場合のマイトレーヤは既出の自在神とはかなり性格が異なります。


自在神とは、独存(解脱)を実現している「特別な真我」なのですから、当然「心の作用を止滅」した「純粋観照者」として「時間による制限も受けず」に「自己本来の状態にとどまる」ものであるはずです。


だとしますと、無着が言うような”毎夜人間界を訪れて説法するというリアルな存在”ではないようです。


ここでのマイトレーヤはそれこそグルの本領発揮といったところですが、人格神とはいえ自在神に民衆に講義するような直接的な指導が可能なのか、という点については甚だ疑問です。


最原初のグルかもしれませんが、あのような難解な内容を理路整然と人間に語りかけたと、考えるのはかなり無理があります。


そこで前述の菩薩のような役割を持たせたグル的存在が、ヨーガスートラにも登場することになりました。
 


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