一般財団法人 野萩青少年育成財団
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タントラとヨーガ 考-88

2025-12-12 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

ヨーガとタントラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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ところで、サマディには段階があります。
ラーマナ・マハーリシ師は3つに分けて次のように説明しています。


① サハジャ・ニルヴィカルパ・サマーディ
② ケヴァラ・ニルヴィカルパ・サマーディ
③ サヴィカルパ・サマディ

この①は前述のような定義ですが、師はさらに「すべてが分割不可能な真我の現われなのである」と、述べています。次の②については、「真我実現の前の段階」として位置付け、次のように説明しています。


「この状態の中には、一時的だが努力を要しない自己覚醒がある。しかし、自我が完全に消去されたわけではない。この状態は身体意識の不在によって特徴づけられている。真我の一時的な自覚はあっても、この状態では感覚的情報を知覚することはできず、世界の中で機能することもない。そして身体意識が戻ったとき自我も再び現れる。」(P271)

ここで「身体意識の不在」がひとつの要件として挙げられていますが、これは私が主張する「肉体感覚の消失」とほぼ同じです。


ですから、ケヴァラ・ニルヴィカルパ・サマーディが、私の分類する階梯のどこにあたるかは、すぐにお分かりになることと思います。このサマーディは「実在を努力とともにとらえている」(P272)段階なので、①    と比べればまだ準備段階のようなものです。
 


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