2026-02-27 著者:小山一夫
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ヨーガとタントラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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佐保田博士は次のように説明されています。
「ヨーガの心境が深まって行った末に、寂静とか空とか或は無想三昧とかよばれる段階に落ち込んだ時、それだけでヨーガの万事が終わるのではなく、その後に全く別個の事態が始まるのです。(中略)ヨーガの修行で心の作用を順々に抑止してきた目的は、この全く別個の境地が出現するための道を切り開くことにあったのであります。」(「ヨーガ根本経典」P33)
これはまさに意識の解放がもたらす「完全な自由」と「独存」を予感させます。つまり究極の「観」とは、「独存」が導く「純粋観照者」の境涯なのです。結論を言えば、ヨーガのさまざまな技法は、人間にとらわれのない真の自由をもたらすための最初のステップであり、「止=心の作用の止滅」の役割を担っているのです。それは純粋観照者に至るためのプロセスとして必要不可欠な要素なのです。
ヨーガスートラでは、アーサナ、プラーナヤーマ、制感は単なる準備段階にすぎず、綜制(凝念・静慮。三昧)すら無種子三昧の外的部門だと位置づけていますが、それは真我を鎮め、安定させ、独存に至らせることで、純粋観照者を出現させる、一連の流れから顧れば当然だといってよいでしょう。運動生理学的にヨーガをとらえ、汗を流してヨーガに励んでいるうちは、まだまだヨーガのビギナーにすぎません。
本当はヨーガスートラが説くように、ヨーガの世界は実に深遠なものなのです。
人間の意識が真に解き放たれ、無と合一・融合したらどうなるか?
本書ではその一端を明らかにしましたが、三昧については未だ説明が不十分だと自覚しています。これについてはあらためてペンをとるつもりです。
貴方自身も気づいていない様々な「才」を引き出すことによって、夢と理想を実現し、人生をより豊かなものとするために、ヨーガの優れた技術が役立てれば幸いです。