一般財団法人 野萩青少年育成財団
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タントラとヨーガ 考-148

2026-02-15 著者:小山一夫

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ヨーガとタントラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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無言の伝承というか、何度も受けている内に、どのようなエネルギーコントロールをされているのか、体感的によく理解することが出来ました。言葉じゃなくて体で覚えるというのはこういう事なのだとよくわかりました。まさに得がたい貴重な経験でした。ヨーガの深さというか、素晴らしさを身をもって実感することができました。

それまでのヨーガの練習は余り内観を意識せずに、ただ一生懸命汗を流して頑張っていたのですが、この体験の後からは、内観を重視するヨーガに変わってゆきました。あの体験を再現する為には、どのようにヨーガの行法をやればよいのだろうかと、常に考えるようになったからです。それゆえいつの間にかバジアン先生のオリジナルから徐々に離れ、現在の様な「内観を重視する独特なヨーガスタイル」となったわけです。

その後仕事で頻繁に訪中するようになってからは、中国の先生方からもシャクティパッドを中心とした指導を、数多く受けることが出来ました。


一番強烈だったのは、北京でのこと。
この先生は特別な方で、一緒にいますと信じられないような出来事の連続でした。たとえば私の体に直接触れていないのに、悲鳴を上げたいほどの強烈な熱さに襲われ、スシュムナーに沿って背中に14ヶ所も大きな火ぶくれが出来ました。

翌日痛みに堪えながら帰国したのですが、そのまま成田から東京女子医大の救急へ直行。かなりの火傷でしたが、担当医によるとなにやらとても不思議な状態だったらしく、翌朝もう一度来るように言われました。次の朝には、なんと4人の先生方が待っていて、火ぶくれの中の水分を採取したり、写真を取ったり、たくさん質問されたり、なんやかんやで長時間束縛されました。息を吹きかけられただけで火傷したと正直に説明したこともありますが、かなり珍しい火傷だったようです。
一番低いところの火傷は、尾骶骨の少し上に定規で測った様にくっきりと十字架の形になっており、20年以上たった今でもそこだけはまだ痕が残っています。
 


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