2026-04-10 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
2002-11-24
五術 紫微斗数2
五術の他の命理学にもある程度言えることだが、例えば紫微斗数でも万人平等な発想が根底にある。飛星派で言えば、100を越す虚星を命盤に配置する。誰それは斯く斯く云々だから80星にしようとかその様なことはない。全員平等に良い星と悪い星を配置してゆく訳だ。
だから12宮の内、疾病は悪いが財帛宮は良い等々、全ての宮が最悪という人もいないし、全てが最良という人もいない。勿論、廟陥、星同志の相性、角度の吉凶などなど星の配置に対して様々な影響を与える他の条件もあるが、全部の星を配置するという点に於いては例外はない。
中国の友人が言っていたが、吉凶相半という考え方がある。つまり人生にはよい事と悪い事が半々で巡ってくるという訳だ。普段から充分な備えや心構えなどがあれば逆境でのダメージは最小限で済むかもしれない。逆に何も考えていなければ、ダメージはそのまま覆い被さってくるだろう。だから、古人は「日照りの時に洪水に備えて舟を準備する」という。備えあれば憂い無しという事。
また、作用反作用という事もある。つまり吉凶の振幅が大きいか小さいかという事だ。「塞翁が馬」とは少しニュアンスが違うが、波乱万丈度とでも言うべきか。その度合いの幅は吉と凶の両方に同じだけ振れるという話。
命理学は第一に宿命を論じる。これは生れた家庭環境と遺伝にも関係するだろう。そこから自分の人生のベクトルが形成され、自らの努力と外部要因の如何により定められたキャパシティ内で運命が決定されてゆく。運命は100%最初から決まっているものではない。自身の努力と研鑚である程度は(キャパシティ内で)改善できるものだという事だ。