一般財団法人 野萩青少年育成財団
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2002年の日記から―38

2026-04-07 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

2002-11-23
文献探し


五術関係や中国医学の本など中々日本で手に入らないものは、大体台湾か香港で購入している。日本だと、五術関係なら以前は下北沢の鴨書店で探してもらったり、他は神保町などの古本屋街をよく歩いたものだが、今までで最も入手に苦労したのは次の4冊。

「日本神武開国新考」「中国漢方医学体系 」

「中国経絡医学体系」「中国漢方薬学体系」

 

特に「日本神武開国新考」

これには半年以上の苦労談がある。

 

これは殆んど手がかりがなかった。最初国会図書館で見つけたものの、貸し出し複製禁止ということでコピーも出来なかったため、それから半年間探しに探し、ようやく1冊だけ所蔵されていたある華僑の方に辿り付き譲っていただいた。彼の蔵書はちょっと見ただけでは数えられない程だった。まるで図書館の中にいるような雰囲気で、上から下まで隙間なく本が詰め込まれた書庫(ラック)が所狭しと並んでいた。もう25年以上前の事だ。


「中国漢方医学体系 」「中国経絡医学体系」「中国漢方薬学体系」

 

この3冊は全て張明澄著 耀文社。
日本で此れまで出版された多くの中国医学書の中でも、張明澄先生の著作は、その内容の高度さにおいて明らかに抜きに出ている。張明澄先生は1972年に台湾から来日されたが、もしも先生が日本の土を踏まなかったら、日本における中国医学は、傷寒論以後の素晴らしい諸学説に全く気がつかなかったに違いない。張明澄先生がもたらした中国医学の真実と、その輝かしい功績は絶対に忘れる事は出来ない。


当時私は先生の著書全てを読みたかったので1年がかりで収集に励んでいた。結局、ほぼ全てを手にする事が出来たのだが、最後のこの3冊が一番苦労した。出版社は既になく、先生の連絡先を知る人は何人もいない。

 

張明澄先生は、透派の伝承者として張耀文という御名前も使われていた。まずこの透派の方に問い合わせたところ、私が五術を直接習おうとしているように勘違いされ連絡先を教えてもらえなかった。そこで張先生から中国医学の指導を受けた北里大学の先生を探し出して会いに行き、事情を説明したところ、張先生の連絡先をお聞きする事が出来た。

 

やっとのことで先生にたどり着き、電話でお話しできたが、目的の本について張先生は余分にお持ちではかった。そこで先生から四国松山の薬剤師の方をご紹介いただいた。結局その方に頼み込んで、張先生のお弟子さんの中から余分に持っていた方を探してもらい、やっとのことで入手。おかげで張先生ともご縁が出来て良かったが、絶版を探すというのがどれほど大変かもよくわかった。そうやって手にしたときの喜びもまた最高だったが。


私はそうやって集めた貴重な本の数々が自分の掛替えのない財産だと思っているので、それ以後基本的にこの手の本の貸し出しはしないことにしている。もし無くなった場合に同じ本で何度も探す苦労をしたくないからだ。
 


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