一般財団法人 野萩青少年育成財団
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2003年の日記から―65

2026-05-04 著者:小山一夫

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昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

2003-1-29
タントリック・ヨーガ-3 タントラの区分


さてWHITE、RED、BLACKとなにやら妖しげな雰囲気だと感じられる方がいるかと思うが、実際の所、ヨーガの区分上の意味合いはバジアン師の言葉どおりそれ程おかしな話ではない。しかし、これが仏教と融合した時には全く話が異なってくる。まず仏教(密教)の歴史的変遷から見てみよう。


チベットでは昔から天才的学僧プトゥン(1290~1364年)の密教四分法(上記の表参照)が広く認知されている。彼は密教を発展段階に応じて、所作・行・ヨーガ(瑜伽)・無上ヨーガ(無上瑜伽)の4種類に区分した。この分類法は、当時の無上瑜伽タントラを最上とするチベット仏教界の共通認識に基づいている。


もともと「タントラ」という語句は連続を意味するサンスクリットから生まれたとされるが、一般には秘密の教え、つまり密教および密教経典を意味して使われている。尤も厳密には無上瑜伽タントラに説かれる性的瑜伽を解脱法として導入した秘密集会タントラのような最終段階の密教経典だけがタントラと呼ばれていたが、次第に密教経典全体をタントラと呼ぶようになったという。

 

タントラに「イズム」を付加した「タントリズム」という単語は、西洋の研究者が、タントラという言葉から派生させた造語であり、今日では東洋型宗教の広い範囲に於いて、カリキュラムの中に性的修行を採用した宗派全般に対して用いられている。


一方日本密教界では、密教を歴史的に前期・中期・後期の三期に分けて理解するのが普通である。大日経、金剛頂経などの(日本での)主要密教経典の成立をもって中期とし、それ以前の雑密段階を前期、そして秘密集会等の最終的な段階を後期と分類している。ただ後期密教に属する経典は漢訳されることもごく稀で、日本には少なくとも公式には流伝していない。(真言立川流等にその影響を見ることが出来るが邪教として排斥された歴史がある)


さて、仏教史の最後に出現した秘密集会タントラに代表される無上瑜伽レベルが仏教の最も進化した姿だと考えるのは早計だと思う。何故ならこの教義体系が確立した12世紀にインドでは仏教が滅びてしまったからだ。(1203年イスラム教徒によるヴィクラマシー寺院襲撃を以って仏教の消滅とみるのが一般的)だが、あそこまで行ききった後に、それ以降どう展開したかは、あくまでも推測ではあるが、チベット密教史をみれば(ある程度の必然性を以って)想像ができるかもしれない。


チベット密教の専門書は近年徐々に目に付くようになったが、どうも残念ながら推薦できるレベルの書が少ない。入手できる範囲で20冊前後読んだ中では、ツォンカパの訳本を別にすれば、松長有慶先生、正木晃先生等の著書がお勧めだといえる。今回はタントラの初歩的な部分の確認の意味をこめて、インド仏教、ヒンドゥー、チベット仏教、タントリック・ヨーガ、クンダリーニ・ヨーガ、ハタヨーガ、道家等を論点別に対比させながら検討したいと思う。


私的にはタントラを考える場合、少なくとも東洋の神秘主義全体からこれらを比較対照しつつ考証すべきだと思うのだが、全てに通じている研究者が少ないせいか、これまで高く評価できる研究書がなかった。今回、仕事の合間に半年くらいかけて、このテーマについて何らかの答えを出したいと考えている。
 


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