一般財団法人 野萩青少年育成財団
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2003年の日記から―58

2026-04-27 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

2003-1-22
偏差-5 「場」について


バジアン先生が居る所でヨーガをするのと家で独りでするのとでは全然質が違った。エクササイズもメディテーションもより深く充実していたのがとても不思議だったが、注意深く観察したら先生のエネルギーが「場」に満ちているのを感じた次第。後日それが先生の先生たる役割だと気付いたが、そう言えば、幾つかの技法は先生の居る時でしか許されないものがあった。今考えると、それらは一定の「場」でしか修練してはならない技法だったに違いない。

 

「場」の質については、サトワンシン先生にも色々な話を伺った。ヨーガに適した「場」と適さない「場」は歴然と異なる。細かく言えば長くなるので省略するが、いわゆる「魄」の強い「場」は避けるべきだし、物理的にも電磁波などの強い「場」は好ましくない。厳密には中々理想的な「場」はないから、ある程度で妥協すべきかもしれないが。


イエスはクムラン辺りの洞窟で悟り、釈迦は菩提樹の下で悟った。空海は室戸岬の洞窟で求聞持法を成就したという。いつの日かそれぞれの場所を尋ねてみたいと思うが、恐らくイエスの修行した「場」はアナハタチャクラを活性化させる強いヴァイブレーションに満ちていたかも知れないし、釈迦のいた菩提樹の「場」はサハスララによく響く所だったかもしれない。その様に色々な仮説が閃くが、それを検証する機会があれば嬉しいと思う。最近仕事が忙し過ぎて自分の時間が充分に作れないのが辛い。 
 


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