2026-04-18 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
2003-1-10
達磨-1
大悟された禅の老師で信仰によって大悟すると説いた方はいただろうか?
達磨大師は仏像に向かって坐禅を組み、読経や儀式によって大悟されたのだろうか?
達磨は恐らく当時最も釈迦個人の教えに近かった方だと思われる。それは中国での皇帝との問答や少林寺での修行などを見ればよくわかるが、果して後世の禅宗は達磨の教えを純粋に受け継いでいるだろうか。
大乗非仏論を見るまでもなく、釈迦の教えの真髄はインドの段階で既に失われている。私のスタートは真言宗だったが、母の関係もあり、現在に至るまで臨済宗との関係が深い。それでしばしば老師様や雲水の方々とお話させて頂く機会が多いのだが、何とも複雑な気持ちになる。
さて、十牛図は喩えるなら海外旅行の旅程表のようなものであり、それ自体が具体的な技術マニュアルにはなっていない。つまり技術マニュアルのようなものは別に伝わっていると考えられる。達磨が伝えたとされるのは、易筋経、洗髄経と坐禅だ。
達磨については架空の人物だという説も有力だったが、99年9月16日の朝日新聞に出ていたように、河南省で石碑と墓塔が見つかった事によって、再度議論対象となってきた。仮に実在していたとするならば、達磨こそ理想的なヨーギの一人だったといえよう。