一般財団法人 野萩青少年育成財団
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2003年の日記から―67

2026-05-06 著者:小山一夫

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昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

2003-1-31 
タントリック・ヨーガ-5 チベットの調伏法


チベット密教初期の呪法で有名な密教行者達について検討したいと思う。
恐らく誰しも思い浮かべるのは、パドマサンバヴァ、ドルジェタク、ミラレパ辺りだろう。彼らに纏わる多くの調伏法や度脱(呪殺)の逸話には驚くべきものがある。


① パドマサンバヴァ(9世紀)チベット密教の祖
② ドルジェタク(11世紀)性瑜伽と度脱の聖者
③ ミラレパ(1040-1123年)聖なる詩人


パドマサンバヴァはチベットの神々を調伏したとされるが、度脱で有名なのはなんと言ってもドルジェタクだろう。彼は多くの霊能力に長けた強者を度脱したために最強の密教行者として恐れられた。皆さん御存知のカギュー派の始祖マルパ(1012-1097)の長男もドルジェタクの調伏護摩によって呪殺された。彼はマルパがナローパから伝授された秘伝を全て受け継いでいたがそれでもドルジェタクには敵わなかった。ミラレパについてはマルパの弟子になる以前に父親の復讐の為自分の叔父一族を呪殺した。当時は度脱を初め様々な霊力の強者が密教界で幅を利かせるような時代だったといえよう。


チベット密教はその後タクポ・ラジュ、サキャ・パンディタ、パクパ・ロドゥー・ゲルツェン、ロンチェン・ラプジャムパ、プトゥン等の聖者たちの活躍を経て、チベット仏教最高の大改革者ツォンカパ(1357-1419)により顕教と密教が整理大成される。

 

プトゥンと同じくツォンカパも幾つかの例外を除き呪術全般を否定し(特に度脱は完全に否定)、性瑜伽の実践も禁止した。ただ性瑜伽については、同じゲルク派の総帥たるダライラマ六世(1683-1706)によってあからさまに破られた例もあり、又ニンマ派など性瑜伽に寛容な派によって継承されていった。性瑜伽の詳細はレッド・タントリックの項で説明したい。


さてブラック・タントリック・ヨーガだが、この様にチベット密教、日本密教の中にその流れを窺い知ることが出来るが、中国に於いても、道教の符呪法、遁甲の造作法等に類似のものがあることは周知のとおり。ことに中国の道家には、タントリック・ヨーガの3種類のカテゴリー全てを極めて似通った形で見る事が出来る。(ブラック・タントリック・ヨーガについては気が重くなるのでこの程度にしておこう)
 


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