一般財団法人 野萩青少年育成財団
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2003年の日記から―89

2026-05-27 著者:小山一夫

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昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

2003-2-16
タントリック・ヨーガ-17-2 道家とヨーガ


さてインドを見た場合、確かにアーユルベーダの歴史は古いが、レベル的には中国医学に到底及ばない。だからそれらが中国内で広く展開されることはなかった。では逆にインドに中国医学理論が広まったかといえば、そのような事実もない。なぜならば、中国医学のベースには独特な中国思想があるために、それを一緒に受け入れなければならなかったからだ。


一方、ヨーガと道家の行法は現在比較してもかなり酷似しているが、それは長期間に渡って技術交流があったことを物語っている。時代的にいつかと言えば、それは仏教伝来前だと推定してよいだろう。だとすると、道家の房中術はレッド・タントリック・ヨーガの成立よりも古いか、或いは同時代だと想像できる。房中術は中国医学の一部に組み込まれたが、レッド・タントリック・ヨーガではそのような考え方はあまり積極的なものではない。それらは文献的にも明らかだが、その分野では房中術に軍配が上がるだろう。


クンダリーニ・ヨーガと道家の行法を比較した場合、道家の一連のカリキュラムは、クンダリーニ・ヨーガとタントリック・ヨーガの双方の要素を含んでいるのは周知の通り。それらの統一性というか、組み立ての妙については中国側に優位性があると思うが、ひとつ忘れてならないのは、インド人気質だろう。それは呼吸法を比べるとよくわかる。


道家の呼吸法は、大別すると武息と文息に分かれる。これは強さについての分類だと考えていい。対してインドでは、強さの分類に加えて、火の呼吸に代表される様に速さという分類がある。これはある意味画期的なことだ。実際呼吸法ひとつ見てもヨーガには目的別に数十種類用意されているが、道家にはそこまでの技術的な展開はないし、アーサナについてもインドほどの積極性があるとはいえない。確かに養生医学としての奥行はインドを遥かに凌駕すると思うが、それは発達する土壌というか、ニーズが異なった結果だと思われる。
 


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