2026-06-28 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
2003-6-14
孫禄堂老師 太極拳要訣-1
孫禄堂老師曰く、(「きみはもう『拳意述真』を読んだか」)
『太極拳の修練には三層の心がある。
初層の修練では、身体があたかも水中にあり両足で地を踏みつつ全身と手足には水の抵抗力があるかのように動くのである。
第二層の修練では、両足はすでに地を離れて水中に浮いており、身体と手足はあたかも遠泳の達人が自在に浮遊しているかのように動くのである。
第三層の修練では、身体はいよいよ軽霊となり、両足はあたかも水面の上を行くかのようである。このとき心中戦々兢々として深い淵を臨むがごとく、あるいは薄氷を踏むがごとく、少しも心に隙があってはならない。神気が乱れれば、身体はたちまち沈下してしまうだろう。』
アスリート向けのブレスウォークにも同様の段階がある。
最初は重心を少し落として、丹田を意識する。肌の感覚を鋭敏にし、空気の流れを産毛が揺れるレベルで感じ取りながら、空気を掻き分けるようにして静かに歩く。ここでは全身を触角にするが如く、繊細な感覚を磨く。
次の段階では、筋肉の力みを取り去って、血液の流れを意識しつつ、神経系を活性化させて歩く。この時は、故意に重心の安定をとろうとはしない。全身は統一された調和の中で、生命の躍動を感じながら静的に動きつづける。このとき、両手両足の指の先端で脈拍の鼓動を感じられなければならない。
さらに次の段階では、骨の中を丹田から発せられたエネルギーが流れゆくのに任せて動く。ヨーガ的にも、ナーディは、例えばスシュムナーなど脊髄の中を通っている。(BODYレベルの場合) つまり骨髄の中をエネルギーが流れてゆくという感覚なのだが、これは先に紹介した陳家溝の王西安老師が説くように、(2003-5-30参照)
『中気を養う (中略)
柔は放鬆勁から、剛は棚勁からきます。棚勁は平日の練習で中気 (=丹田の気) を養い、それが骨肉を通して出てきたものです。毎日練習していくと、中気が骨の中に入る感じが生まれ、外から見ると柔らかいが中は強い、つまり外柔内剛の状態を作ることができるようになるのです。』にも通ずる。
つまりこの中気を養うのが目的なのだ。これが実践されると、もはや故意の重心制御は不要となり、「あたかも水面の上を行く」かの如く「身体はいよいよ軽霊」となる。ただし、この状態を継続し続けるのが中々難しい。老師の言うように、「あるいは薄氷を踏むがごとく、少しも心に隙があってはならない。神気が乱れれば、身体はたちまち沈下してしまうだろう」となってしまう。まさに集中の持続力が問われる訳だ。だが、この鍛練に習熟してくると、話は少し違ってくる。 なぜなら、特に努力しなくとも自然とその状態のままでいられるからだ。
その時の感覚としては、骨が膨らんでくるような、骨の中心から外に向けてエネルギーが迸ってゆくような状態になる。私は、勁の体内活動する時の雰囲気とはこのようなものだと感じたが、もしも初めから意識的にそれを方向付けてイメージしてしまうと、上手く出来ないような気がする。やはり、それは「起こる」ものであって、無理矢理に「起こす」ものではない。どちらかと言えば、無為にして達成される境地なのだろう。