一般財団法人 野萩青少年育成財団
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2003年の日記から―119

2026-07-06 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

「クンダリーニ」   ゴーピ・クリシュナ著


『クンダリニーの覚醒こそ、人類の前にある最大の事業、最高の仕事といえよう。
知性はせわしくあちこち探し回っているが、人間がこの無意味な物質的宇宙の障壁を乗り越えて進みうる道は、この方向にしか開けていないのである。
これによってしか、科学は、生命存在が地上の有機的現象の背後に存する不死なる全智の力なる事を、経験的に立証する方法をもち得ないのである。
これによって生まれつき天才ではない個々人に、計画的に高度な才能を涵養する可能性が開かれ、さらにこれによって現在未だ眼で見ることは出来ないが、進歩を加速し、反映を促進する大通路がいくつも人間の霊眼の前に展開されるのである。』

この本もリードビーターの著書と並んで、ヨーガを修養している人たちの中では比較的広く読まれている一冊だろう。この本を翻訳した中島巌氏には、確かバジアン師が来日した時の通訳をお願いしたと記憶している。中島氏は、非常に知的で博識のある方だった。この本の訳者にはとてもふさわしい方だと思う。


最初に断っておくが、ゴーピ・クリシュナは、クンダリーニ・ヨーガを正式に学んだ訳ではない。それゆえ、同書の中でも「クンダリーニに特に関係した精神と肉体の訓練方法は、ハタ・ヨーガと言われる。」と書いている。
彼の覚醒に伴う生理的事象の記述は、内容的には大変興味深いが、クンダリーニ・ヨーガの側からみれば、当初彼の選んだ方法論は適切ではなかった様に思われる。


つまりクンダリーニ・ヨーガに詳細にカリキュラムされているようなプログラムに従って修練しなかったために、あのような事態を招いたものと考えられる。


パタンジャリーの文献には、しばしばクンダリーニに関する記述が見受けられるが、技術的には余り触れられていない。それゆえ、彼自身指導者が近くにいない状況では随分苦労した事だろう。


よく、クンダリーニ・ヨーガを「師につかずに独学で修行する」というようなおかしな事を言う人がいるが、その人は本当のクンダリーニ・ヨーガをどこで知ったのだろう?殆んどは自分でクンダリーニ・ヨーガだと思い込んでいるだけに違いない。何故ならば、そもそも具体的な技術的知識がないのだから、独学で自修する事など出来ない筈だ。


それによって、つまりクンダリーニ・ヨーガではない別物のヨーガもどきを独習して、あっちがおかしいこっちがおかしいと、「クンダリーニ・ヨーガは危険だ」などと言われたのでは、かなわない。実に不合理な話だといわざるおえない。
 


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