2026-07-02 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
2003-6-18
勁と力-3
大東流佐川先生伝の合気拳法について。
月刊「空手道」2001年1月号に、佐川先生の高弟である高橋賢先生が次の様に説明されている。
『「的確に打撃力を打ち出すと同時に、敵の打撃を合気防御で崩してしまう。 佐川伝合気拳法とは?」
佐川伝合気拳法とは、いかなる武術なのであろうか。その答えを求めて、佐川先生のもとで長年、大東流合気武術を修練し、現在わずか7人しか存在しない師範の資格を得た高橋賢先生にその一端を教えていただいた。
「想像も出来ない先生の合気防御之術の絶妙さ」
合気拳法は、佐川先生の彪大な大東流合気武術の体系の中で、独特の位置を占める。
佐川伝大東流の体系の中心は、云うまでもなく、合気柔術(体術)であり、その根幹は十段階に組み立てられている。その第二段階からは、剣術に始まる武器術の修練が組み込まれていく。合気剣術、小太刀術、二刀術、棒術、槍術と多彩な合気武器術があるが、それらは、合気柔術と併習することにより、身体の必要部分を鍛え、技術を磨き、合気柔術と合気武器術との双方の技術を発展させる意義がある。合気拳法は、数十年以前は比較的早い投階から教授が開始されていたが、我々が伝授を受けたのは第八段階になってからであった。
合気拳法は、素手とグローブを着けてとの二つの方法で伝授を受けたが、それまでの合気体術以上に、大変難しく感じた。一つには合気拳法の技法体系が合気柔術のとは少し異なり分かりにくい事であり、今一つは、先生の合気拳法の技法が実に絶妙であったからである。合気拳法とは、合気の集中力により、瞬時に的確に打撃力を打ち出す事と、敵の打撃を瞬時に合気防御で崩してしまう事との、二つの絶技が相侯って絶大な威力を発揮する武術であった。その瞬間の合気打撃技の凄まじさもさることながら、その合気防御技の絶妙さは、我々の凡才では及ぶべくもない、全く次元の違うものと感激した。その以前に研究させて頂いてあった、先生から大先輩の田口師範が伝授された合気拳法の伝書「合気拳法之巻」の中には、攻防共に、多くの術語があって、その名称は知っていたが、その術語の字面からは、想像も出来ない先生の合気防御之術の絶妙さに感激したのである。たまたま、その何年も前に、先生から、内野師範と私は殺活の秘伝書を頂いていたが、これは大変幸運な事であるのを後に痛感する事になった。』
合気拳法とは、合気の集中力により、瞬時に的確に打撃力を打ち出す事と、敵の打撃を瞬時に合気防御で崩してしまう事という。言葉にすると簡単だが実際にはとてつもなく難しいだろう。この「瞬時」「的確」という語句は、まさに弛まぬ鍛錬の賜物なのだが、「合気の集中により」という部分は鍛練の「量」だけでは決して解決しないだろう。
佐川先生は「合気の体を作る事」が最も重要だと述べられていた。「体が出来なければ技は出来ない」ともおっしゃっている。つまり体を作る事と技とは同じではないのだ。勿論技を鍛練する事で徐々に体も出来てくるだろうが、先生の発想は観点が違う。
「合気道の奥義」(吉丸慶雪著)によると、
『1974.11.21 結局のところ(諸々の技は)合気之体を作ることが目的であって、合気之体ができればどのように動いても技になり合気になる。』
『1975.1.12 動けば合気になる。(諸々の技は)合気之体を作ることが目的である。個々の技ではない。身体そのものが合気である』
ところで、まず体を作るにはどうすればよいだろうか。佐川先生は毎日物凄い鍛練をされていたようだ。
毎日、腕立伏せを1500回、変更足3000回、素振り900回等々90歳頃まで続けていたという。果してそこ迄徹底する武道家が何人いるだろうか。力んじゃいけないといいながらも、先生の筋力はとても常人の比ではない。その信じ難いレベルの筋力を持ちながらあえて「合気」を説かれる先生のなんと凄い事か。脱力ばかり言いこの様な基礎鍛練を怠るようではとても先生の境地には到達しないだろう。つまり天才とは1%の才能と99%の努力だという事だ。佐川先生はそれを文字通りに体現されている。
ところが、一連の言行録をよくよく読むと、先生の言う「体」と「合気之体」が同じではない事に気づいた。
これは言い換えれば外功と内功に関係するのではないだろうか。前述の数千回、数百回のトレーニングだけで、合気之体ができるならば、先生以外に同レベルの方が出現されても不思議はない。だが、お弟子さんたちを含めて現在の所誰一人先生の境地には到達していないというのが多くの人たちの語る所である。私はそのあたりのヒントは、「山吹の花」「朝顔の花」にあると思う。
これについては、別項を設けるが、ひとつ言うならば、これは意識してつくった手の形ではない。合気が通る事で自然と出来上がった「結果」としての形なのだ。単に形を真似るだけならば誰でも出来る。だが、勁が通っていないならば、何となく形が似ているというだけで、それは真の「山吹の花」「朝顔の花」にはならない。丹田から中気を骨格に従って指先まで通したとき、手は極自然に「山吹の花」「朝顔の花」の形をとる。だから、合気之体が出来ているかどうかのバロメーターになるのだ。そう考えると、先生の腕立て伏せ等の鍛練は、発力や、発勁の「从力」を補完するに必要なパワーを養成する外功法だと考えられる。
『「天才が生みだした貴重な宝を後世に伝えをければならない」
先生没後、正式に田口師範より、先生から田口師範が直伝を受けた合気拳法、合気剣術他の大東流武術の講習を受けて、共に研究させて項く幸運に恵まれた。それで、やっと分かったのが、田口先生が受けた合気拳法の技法と、我々が受けた合気拳法の技法は大分出入があり、微妙に違う点もある事である。しかし、それらの矛盾を解く鍵は、伝書にあった。技法の研究と、田口先生が受けた「大東流合気拳法伝書」と私共が受けた「活法秘伝書」の伝書の研究との二つを相照らして、初めて、合気拳法の体系が明確に分かった。
先生の合気拳法は、合気打撃技と、合気防御技という二大技術の外に、今一つ、殺活法の研究が基礎にあったのである。
そして、その修得には、合気柔術と合気武器術で充分、身体の必要部分を鍛えてからでないと、特にその合気防御技がとても把握できないので、合気拳法の伝授を高位の段階に移動されたと推測出来た。しかし、練習体系を工夫すれば、もう少し早い段階から、合気拳法の練習が導入出来るのではないかと考えている。これは非才の研究課題である。
合気拳法は、日本武術の長い伝統のもと、先生という天才により生み出された貴重な宝である。せっかく得た宝であるが、それ故にこそ、拙い私個人でこれを秘匿していては、誠に申し訳ない事である。私個人の能力には限りがある。合気武術と共に、合気拳法の研究を重ね、その存在を知らしめ、可能性のある後代の人々に伝えて行くのは私の使命である。
これが、今回この当身技殺括法の特集の企画が持ち上がった時、丁度、よい折りであるとし、合気拳法の初歩的研究を拙いながら、敢えて此処に発表する事とした所以である』
バックナンバーがあれば、合気拳法の実技も紹介されているので是非御覧になるといいだろう。