2026-07-11 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
「倶舎論」における解脱論
釈迦入滅後、早期にまとめられた経典類をベースとして整理された「倶舎論」は、正式には「阿毘達磨倶捨論」といい、四世紀にヴァズヴァンドゥ(世親)によって著されました。
ここでは、倶捨論においてなぜ第四禅が特別視されていたのか、「十二因縁の順観と逆観」がどう扱われているか、について考察したいと思います。
「倶捨論」第八章「分別定品」において、釈迦成道の禅定についての記述があります。釈迦が悟りを開いた禅定は、「金剛喩定」と呼ばれ、「第四の静慮」つまり第四禅において修されました。ただ、倶捨論の中では、釈迦が第四禅から成仏した事を根拠としているだけで第四禅でなければならない旨の厳密な分析はなされていません。
しかし、次のような記述からその理由を類推する事は可能かもしれません。
「倶捨論」賢聖品第66偈で、「九地」の中で、色界の四禅定は比較的容易ですが、無色界の内、空無辺処定、識無辺処定、無所有処定と、(滅想受定・滅盡定は特別扱いとなっています)色界の未至と中間の行は難しいとされています。色界の未至とは、初禅に至る前の段階を指し、中間とは初禅と二禅の間の禅定を指します。
その理由としては、色界の四禅定は、止と観のバランスが平等であり、無色界の禅定は、止に偏り、未至と中間は観に偏ると述べられています。
そこで考えなければならないのは、なぜ、「止と観のバランスが平等」である方が良しとされるのかという事です。
さらに、此れほどまでに第四禅に拘りながら、「大智度論」においても、四禅を達成しながら地獄に落ちたという「四禅比丘」の説話もあります。これは、第四禅を達成後に、「十二因縁の順観と逆観」を悟らなかったからだという事でしょうが、倶捨論では「十二因縁の順観と逆観」と輪廻転生を結びつけて解釈しています。
私は、第四禅で、かつ「十二因縁の順観と逆観」を悟る事で、解脱できるとはとても思えません。私の解釈を別項で説明したいと思います。