2026-07-15 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
絶対光について
私は、このHPにおいて、「絶対光」という言葉を多用してきました。この出典はダンテス・ダイジ師の「ニルヴァーナのプロセスとテクニック」です。その中で、ダイジ師は、絶対光、究極の中心光明、中心太陽、モクシャ、根源的意識の無限光明、という表現を使っていました。
私は当時、『神』という大変誤解を招きやすい言葉にかわる表現を模索していましたが、ダイジ師の本を読んで、最も適切な表現を発見する事が出来ました。ダイジ師についてはいろいろな評価がありますが、私は生前にお会いできなかった事が残念でなりません。
特に、この本のP93~P105までの記述は圧巻です。通常、神と言えば、キリスト教の神にしても仏教の神仏にしても、恰も人格を持ち、人間を罰したり、あれこれ指図する存在として描かれています。神とは本当に特定の人格(?)を持っているのでしょうか?
次項でも触れますが、
私はダイジ師の「絶対光」と言う表現からイメージされる「神」の捉え方を支持します。