一般財団法人 野萩青少年育成財団
記事一覧に戻る

釈迦の悟り―5

2026-07-13 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

大乗と小乗について


釈尊は、達磨大師は、道元禅師は果して大乗でしょうか、小乗でしょうか?
小乗とは大乗の側から区別した言い方であり、中村元先生監修の辞典でも、「定説」はないとのことです。

私は、大乗とは小乗の延長にあるものと考えています。
釈尊は成道されるまでは他の人達に法を説きませんでした。
御自身が迷いの中にあるのに真理を説くことは出来ないと思われたからでしょう。
つまり、成道後、その悟りを自分だけのものとするか、それを人に伝える努力をするかが、小乗的か大乗的かの分かれるところなのだと思います。大乗経典を信奉するから大乗だとか、原始仏典を信奉するから小乗だとかいう浅はかな分類ではないと思うのです。

釈尊の時代から既に出家者と在家者の双方が存在し、釈尊はそれぞれに対して法を説きました。
それは原始仏典でも明らかなことです。
故に、経典の成立時期で分けるとか云々は全く説得力のない話なのです。
そうではなく、成道後にどうするかによって判断されるべきものなのです。
つまり、十牛図の8番目で終わるか、最後までゆくかの違いです。
(十牛図については様々な解釈が可能ですが)
 


元記事