一般財団法人 野萩青少年育成財団
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釈迦の悟り―11

2026-07-19 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

先祖供養-1


原始仏典で「供養」について語られている記述としては、大パリニッバーナ経の第5章の10~12が挙げられます。これは岩波文庫『ブッダ最後の旅』に収録されています。
ここでは、釈尊はアーナンダを始めとする出家者の弟子達に次のように説いています。

「修行完成者の遺骨の供養にかかずらあうな。どうか、おまえたちは、正しい目的の為に努力せよ。正しい目的を実行せよ。」

中村元先生の解説では、
「仏教の修行僧は、自分の修養につとめることだけをせよ。葬儀などやるな、という思想は原始仏典にまま散見するが、ここにも現れているのである。また、ブッダの遺骨崇拝も世俗人のやることであり、出家修行僧のかかずらあうことではないと考えていたことが、ここでも知られる。」

ただ、P134の7行目からの文章では、在家の人々が
「修行完成者の教えを聞いて実行する人についてはストゥーパを作り、それを拝むこと」
を認めています。

「多くの人は心が清まる。かれらは其処で心が清まって、死後に、身体が壊れて後に、善いところ、天の世界に生まれる。」
「アーナンダよ。この道理によって、修行完成者の教えを聞いて実行した人については、人々がかれのストゥーパを作ってこれを拝むべきである。」

仏教における供養観はここに根拠を求めることが出来ますが、受戒の証としての戒名は本来、釈尊の趣旨によれば、生前に与えるべきでしょう。
 


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