一般財団法人 野萩青少年育成財団
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中国医学 考―15

2026-08-07 著者:小山一夫

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昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

同じ頃世界では、オランダの独立戦争、英国の東インド会社設立、三十年戦争、英国の名誉革命、阿片戦争、アメリカの独立宣言、フランス革命、ナポレオン戦争、などが次々に起こり、徐々に帝国主義的な植民地支配を目的として英国、フランス、ロシア等の各国は東洋への露骨な侵略を開始するようになった。


この頃西洋医学は周辺の科学知識を吸収し、急速な発展を遂げた。解剖学の発展により、血液循環、リンパ管などが発見され、外科学のレベルを向上させた。顕微鏡が登場したこともあり、急性伝染病に対する治療効果も高まった。


一方、中国医学はこの時代に様々な面で意見の統一が図られた。 ① 診断方法について。「望」「聞」「問」 「切」の診断における優先順序が統一された。 ② 病候論について病因論・六淫(風、火、暑、寒、温、燥) 四傷(気、血、痰、鬱) 病位論・三焦(上、中、下)四要(衛、気、営、血) 病期論・四期(悪寒、化熱、入営、傷陰) 此れによって傷寒理論における病因無視や概念の混乱等の欠点はかなり是正されたが、六淫四傷の病因論はあくまで人体側の病因であり、病邪の本質論的な解明には充分ではなかった。


また病位も部位的な把握にとどまり、西洋医学的な解剖学に基く器官別解明のレベルではなかった。西洋医学と比べて秀でていたのは病期分類のみであり、他は現在の西洋医学と比較すると総じて本質論的ではなかったといえよう。
 


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