神道シリーズ番外編として
本書は、神道そのものを直接論じたものではありません。
しかし、私が神道、古神道、本田霊学、古典、そして日本人の精神を考える時に、常に大切にしてきた「学びの姿勢」を示す一冊です。
古典を読むとは、字句の意味を追うだけではありません。その言葉が生まれた時代、その言葉を受け継いだ人々、その言葉が時代の中でどのように読み替えられてきたのかを、静かにたどることです。
私はそれを「探源」と呼びたいと思います。源を探ること。定説を盲信せず、しかし軽々しく否定もせず、古い注釈、時代背景、人間の心情を重ねながら、言葉の奥にある魂に触れようとすること。
その意味で、本書は神道シリーズの番外編であり、同時に、これから私が古典や神道を読む時の基本姿勢を示すものでもあります。
はじめに
『朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり』。論語に出てくる、あまりにも有名な言葉です。
一般には、「朝に人としての道を悟ることができれば、その日の夕方に死んでも悔いはない」という意味で理解されています。私も若い頃、最初はそのように教わりました。
しかし、どうしても一つだけ気になることがありました。それは、この「朝」を、なぜ「あさ」ではなく「あした」と読むのか、ということです。
もちろん古典語としての「あした」は、現代語の「明日」ではなく、「朝」という意味です。その意味では、「あした」と読んでも「あさ」と読んでも、大きく意味が違うわけではありません。
しかし、日本語を読む者の感覚として、「あした」には、どうしても「明日」、つまり未来の響きが重なります。ただの朝ではない。いつか来る朝。まだ来ていない朝。孔子が待ち続けた朝。私は、この言葉をそのように感じてしまうのです。
昔、学校の先生に、なぜ「あさ」と読んではいけないのですか、と尋ねたことがあります。先生は、はっきりとは答えてくれませんでした。その時の小さな疑問が、私にとって、この一句を探求する始まりでした。
それから長い年月が過ぎました。私は、論語の注釈に古注と新注があることを知りました。そして、この有名な一句について、古注と新注では大きく解釈が異なることを知りました。
さらに、その違いは、単なる学問上の違いではないのではないかと思うようになりました。時代が変われば、言葉の意味も変わります。政治の状況が変われば、古典の読み方も変わります。言えることと、言えないことがあります。書けることと、書けないことがあります。
もし古注のように、「世に道が行われていないことを孔子が嘆いた」と読むならば、この言葉は時代によっては危険な意味を持ちます。しかし新注のように、「人としての道を悟ることができれば死んでも悔いはない」と読むならば、それは個人の修養の言葉になります。政治批判ではなく、人生訓になります。
私は、この変化の中に、論語という書物の運命を見ます。孔子が本当に待ち続けた朝とは、何だったのでしょうか。それは、自分一人が悟る朝だったのでしょうか。それとも、世に道が行われる朝だったのでしょうか。本書は、その問いをめぐる私の一つの試論です。