前書き
なぜ今、中国医学の歴史を書くのか
私が中国医学に強い関心を抱くようになったきっかけは、一つの素朴な疑問であった。
約50年前のある日、病院で一般に「漢方薬」と呼ばれているエキス製剤を処方されたときのことである。
その頃の私は、ヨーガや呼吸法を研究する中で、中国医学についても多少の知識を持っていた。そこで処方の様子を見ていて、どうしても理解できないことがあった。
中国医学では、「四診」が診断の基本とされている。望診、聞診、問診、切診である。患者の顔色や姿勢、声や呼吸、生活習慣や体質、脈や腹部の状態などを総合的に観察し、その人の「証」を判断して初めて処方が決まる。
ところが、現実には、そのような診察は行われなかった。製薬会社が用意したエキス製剤を、病名や症状だけを見て処方する。もちろん、現代医療には現代医療の考え方がある。しかし、当時の私には、それが本来の中国医学とはどうしても思えなかった。
さらに当時は、漢方製剤の副作用が社会問題として報道されることもあった。本来、患者一人ひとりの体質や病態を見極めて用いるはずの処方が、なぜこのような形で使用されているのだろう。そんな疑問が、私の探究の出発点であった。
私は、日本で出版されている漢方医学の本を数多く読んだ。しかし、どうしても納得できないことがあった。
日本の漢方医学では、『傷寒論』が非常に重視されている。もちろん、『傷寒論』は中国医学史上に燦然と輝く名著である。しかし、それは約二千年前に書かれた医学書である。
私は考えた。中国医学は、その後二千年間、まったく発展しなかったのだろうか。そんなことがあるはずはない。医学とは、人間を理解しようとする学問である。もし本当に二千年間変化がなかったとすれば、それは学問とは呼べない。