第1章 中国医学とは何か
― 人間を総合的に捉える医学 ―
1 すべては「人間とは何か」という問いから始まる
人間とは何か。この問いは、医学だけのものではない。
哲学も、宗教も、さまざまな修行体系も、それぞれ異なる方法によって人間という存在を探究してきた。
私はこれまで、ヨーガ、内功法、老荘思想、修験道、チベット密教、本田霊学など、一見すると互いに異なる分野を学んできた。若い頃には、それらを別々の体系として考えていたように思う。しかし長い年月を経て、今では少し違った見方をするようになった。
結局のところ、どれも「人間とは何か」を探究してきたのではないか。肉体とは何か。心とは何か。意識とは何か。生命とは何か。そして、人間にはどこまでの可能性があるのか。それぞれが違った角度から、この大きな問いに向き合ってきたのだと思う。
一つの分野を深く学ぶことには、大きな価値がある。その道を究めなければ見えてこないものがあるからである。しかし、一つの体系だけから人間を見続けていると、その体系が照らしている一面を、人間の全体像だと思ってしまう危険もある。
肉体だけを見ても、人間全体ではない。精神だけを見ても同じである。まして霊性だけを切り離して論じても、人間という存在を十分に捉えることはできないだろう。
肉体、精神、そして霊性。それらを別々のものとしてではなく、互いに影響を及ぼし合うものとして考えるためには、複数の視点が必要になる。その意味で、私にとって中国医学との出会いは非常に大きなものであった。
中国医学は、私が長年研究してきた心身の問題について、それまでとは違った角度から人間を見る視点を与えてくれたからである。