一般財団法人 野萩青少年育成財団

中国医学でガンは治せるか?

先行公開・2026年10月11日

第4回 第1章 『黄帝内経』から中国医学を考える (1)1 『黄帝内経』とはどのような書物なのか(2/3)

2 いつ頃成立したのか

『黄帝内経』の成立年代については、現在も一つの年に確定されているわけではない。伝統的には非常に古い時代へ遡る書物として扱われてきたが、現代の文献史・医学史では、戦国時代から秦・漢代にかけて形成され、漢代までの医学知識を集成しながら次第に現在の体系へ近づいたと見るのが妥当である。

前漢末から後漢初にかけて成立した『漢書』「芸文志」には、『黄帝内経』十八巻という書名が記録されている。少なくとも漢代には、「黄帝」の名を冠した医学文献群が重要な典籍として認識されていたことが分かる。

ただし、『漢書』に記された十八巻が、現在の『素問』『霊枢』とそのまま同じ内容であったと断定することはできない。古典は伝承の途中で失われ、補われ、編集される。『黄帝内経』も例外ではない。したがって本書では、「紀元前後の一時点に完成した単著」とはせず、戦国末から秦漢期を中心に形成され、その後も伝承と編集を経た医学文献群として扱いたい。

3 誰が書いたのか~黄帝が著者なのではない

書名には「黄帝」とある。しかし、伝説上の黄帝本人が著者であると考える必要はない。本文の多くは、黄帝が岐伯をはじめとする医家に問い、医家が答える問答形式で書かれている。黄帝は医学の知を語らせるための中心人物として置かれているのである。

著者名を一人に決めることもできない。むしろ、異なる時代・学派・地域の医学知識が蓄積され、後世の編集を経て一つの古典として伝わったと考える方が自然である。本文に重複や異なる見解が見られることも、その成立事情を考えるうえで重要である。

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