古代の導引や按摩は、このような身体経験の蓄積の上に成立したと考えた方が自然である。出発点は神秘ではなく、「身体を動かすと身体の状態が変わる」という観察である。この原則は、後世の理論がどれほど複雑になっても、導引の根底に残り続けた。
3 導引は単なる体操ではなかった
導引は、中国養生医学を理解する上で中心的な概念の一つである。身体を伸ばし、屈し、捻り、開閉しながら一定の方向へ導く身体運動が基礎にあるが、後世になるにつれて呼吸や意識がそこへ加えられ、身体だけでなく体内の気を導くという意味を持つようになった。そのため伝統的な導引は、現代的な意味での体操と完全に同一ではない。外形だけでなく、姿勢、力の用い方、呼吸、意識が一つのまとまりとして考えられる。
この点はスワイショウを考える際に重要である。腕を何回振るかだけが残り、立ち方、脱力、重心、呼吸、前後の調整が失われれば、外形は似ていても同じ身体法とは限らない。身体法の作用が複数の要素の組み合わせによって成立するなら、一部を切り取った時点で作用機序そのものが変化する可能性がある。
4 導引の有効性をどこまで考えられるか
古代中国では、導引に筋力強化だけを期待したわけではない。身体を気、血、津液、臓腑、経絡などの相互関係として把握し、運動を気血の流れ、筋骨や関節の滑らかさ、呼吸、臓腑の働きなどと結びつけて理解した。この古典的説明を現代医学へ一対一で置き換えることはできないが、身体活動によって筋活動、関節運動、換気、循環、姿勢、代謝が変化すること自体は現在でも理解できる。