「美と愛を持たなければ、あなたは
あの不可測なるものに出会うことはできない。
遍歴僧や聖者たちの生き方をつぶさに観察してみればこの美と愛が彼らからほど遠いことに気づかれるであろう。
彼らはそれを口にするかもしれないが何と言っても彼らは厳格な規律励行者であって自らの統制と要求において極端である。
そういうわけで、彼らはサフラン色や黒い僧衣をまとい緋の衣や帽子をつけてはいても本質的にはいずれも非常に世俗的なのである。
僧であることは一般の職業と同様、一種の職業であり霊的と呼ばれるものでないことは明らかである。
なかには実業家と呼ぶ方がふさわしい者もいて霊性のかけらもない者も見受けられるありさまである。」
「クリシュナムルティの瞑想録」
かつてヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」や「知と愛(ナルチスとゴルトムント)」を読んだとき戒律や清貧に生きたゴーヴィンダやナルチスではなくなぜ、ハチャメチャなシッダールタやゴルトムントが悟れたのか、と不思議に思ったものでした。
結局、他人の決めた特定の価値観にがんじがらめになっていたのでは真の自由、つまりサマディに到ることはできないのではないかと気づきましたどんなに形が整って見栄えが良くとも盆栽は、所詮盆栽に過ぎません。
ゼフィレッリ監督の「ブラザーサン&シスタームーン」という映画があります。
主題歌はドノバンで、内容的にもとても美しい映画です。
ボロボロの布を纏ったフランチェスコが神聖に目覚め最後に、弟子たちを引き連れて、バチカンへ行く話です。
故郷で迫害を受けた彼らは、法王に自らの信仰の在り方が、正しいか、それとも誤っているか、と問いかけますがそこで映画は、驚くような結末へと展開してゆきます。
彼の言葉にいたく心を動かされた法王は、大聖堂の広間で茫然としながら、指を天に向かって差し伸べしばし、眼を大きく見開いたまま、立ち尽くします。
そして、フランチェスコを面前に呼び戻します。
法王は、金襴の法衣を脱ぎ、純白の衣のまま壇を降りてフランチェスコの手を取り、胸元でしっかりと握り締め静かに語りかけます。
「貴方たちに会って、私は喜びと共に悲しみを感じている。
随分昔だが、はじめて聖職についた頃、私も皆と同じ気持だった。