さて、「はこび」のことだが、私は常々云う言葉「誰でも指は五本、一日は二十四時間、一年は三百六十五日躯の筋骨は三百六十五本、天地は人々に何等の差別を付けて居ない。天皇の子だって手の指は五本だし、監獄で生まれたあかちゃんだって五本の指はちゃんと付いて居る。此奴は金持の者だから、一日を三十六時間にしてやって、これは貧乏人だから、五時間でたくさんだなど差別は付けてはない。
天地神明の現はれがこれで、平等無差別だし、昨年は不景気だったと云っても、ちゃんと、春夏秋冬があったし、今年は忙しい忙しいと考へたって、三百六十五日を以って地球は太陽を一周りするのである。キリストだって母だけはうまれなかったろふし、斯く云う馬鹿な私だって、お釈迦様と同じに丁寧に作られてある。
天地は差別を付けて居ないのに、人間が差別を造って金の有るなしで差別し、学歴の有るなしで、悧巧とか愚かとか、分けへだてし、その擧句 運がよいとか悪るいとかまで云い立てて、自分から自分の付けた差別に真剣になって終わっている。
こんな無差別の中に生れていて、若し運が悪るいと云ふのなら、それは「はこび」が悪かったので、天地に、責はない。
運が良いとは、今までの「はこび」が良かったのだと考へれば万事は判るじゃないか。
