人間と云ふものは、とんでもない時にその人物の真相を曝け出して居るものである。
普段 傲慢な態度の人が フトした瞬間弱々しい卑屈な言葉や手の動かし方をしてみたり、美しく着飾った貴婦人らしいのが、ちょっとした礼の仕方の中に、前には何商売?と思はせるいやな片鱗をみせたり、貧しい服装で疲れ切った態度や姿の中に鋭い言葉の端々や挙動に オヤと気付いて眼の中をのぞいてみたくなる時もある。
普段バリバリやる商人、傲慢な位い使用人を頤使する人が、フト、神経質な点を見せたりすると、嗚呼矢張り自ら心掛けて活動家らしく、事業家らしくあるべく一寸の油断もなく気を使っていたのだなと思ふと、その弱い心をそっと触れず、さはらずにして上げやふと思ふ。
あの弱さがあつてこと、あの様に鋭い商才をも現はすのかも知れないと思ふ。
だから、人との交際は永い間に フト漏らした言葉などに その人の本心が顔を出していたりするのだから充分にそれを味って覚えておかなくてはならないのだ。そして、重大な交渉等行はねばならぬときは、その表面の芝居かかったものを除外して、観察して掛らねばならぬと共に、決して相手の1番痛いところを刺激してはならぬ、必ず自分の弱点を知って居ると気付くと それを隠す為に交渉はとんでもない方へ向つて終ふ、だから、知って知らぬ振り、相手の芝居の様に働かせて、自然に当方の有利に導くのである。
敵を知るとは形を知ることではない、内心を察することであるが、その弱点は 触ってはいけない。
逆鱗にふれると云ふ言葉がある。逆鱗とは心の弱点、性格の弱点である。親しい友でも触ってはならぬもの。
