「先生、私はいくつまで生きるんでせふ」と聞く人がある。
知っちゃいないよだ、知ってたって云ふものか。又、それを知ってどうしやふと云ふのだろふ、黙っていたって、チャンとお迎えが来るんだ、催促する必要もあるまいし。
此の私だって何時の間にか生まれていたんだ、だから死ぬときも知るもんか‼︎電球の芯がフと切れる様なものさ。生れるとき自由意志でなかったんだから、最后も仕方がないさ より本当に仕方があるまい。
大正二年五月四日なんて、一人前に仙台の役場に登記してあるが、生れた時「俺は生れた」なんて知らなかった、十九になつて俄然あわてたのである。みんなまじめな顔をして落付いて勉強をして居るので、俺もケンカ修業をやめて考へてみた。さあ、一体俺は何だ‼︎白川の禅寺へ行つて、テメイは化物だ と一本取られてから、ますます苦しんだ。
それはそれとして、幾つまで生きるんですと訊く人は、本当にそんなに大切な仕事を仕掛けているんだろふか、それまでに仕事を完成しなければならないなら、私も真剣に考へねばならぬが、そんな事を きく人に限って、ついでに生きている様な人達なんだ。
忙しく、生き甲斐ある仕事をして居る人達は、そんな事は考へてみないし、此の俺だって八十二才の十二月二十五日まで生きるんだなんて自悟して居るが、死神君と正面からブツカリ合ふまで、毎日を一生けんめい毎日を生きて行くだけの事だ。
