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「炬」おしゃべり "根っ子"のはなし―2

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2024-01-21

 

人相でも、その人の、今までから、これから変って行く状態の中に、その変化を起すべき原因を探究するのが人相を見る根本のものであって、人相が良いから、又、顔の相が良いから幸福、鼻の格構が悪るいから、貧乏するものだ等、価値を判定するものではありません。
 

人相がそうだから、結果がそうなるもの ときまるものなら、改まって人相を、相を論ずる必要ないものです。そりゃ貧相の鼻でも 福相の顔でも、その通りになるものだったら、誰も努力もしないし、精進もしなくなりませう。福相の顔だからって、毎日ノラリと寝て居て、福が来るものではありません。


黒子の位置で必ず災難が来るものでもなし、鼻が大きいからって、必ずお金持ばかりでもありますまい。相学とは斯ふなのです。
 

此の人は今まで斯の様な生活であったが、その生活の中で、此の様な考へを持つ様になって居る。 何故か その境遇に依って得たものか、境遇と云ふ因縁以外に持つ素因(性命)の働きに依って、こんな"考へ方"を持ったか 先づ 研究しておいて、今、此の人は此の様に行動しようとして居るが、それが 此の人の前の状態の習慣や考へ方か、性命的な衝動で行動しようとして居るか判定して、此の様なときは 必ずこうする人間だから、此の様になるだろふ と判測する学問なのです。
判り憎いでせふか、大切なことなのです。
 

人の行動や姿を見て、性格や習慣や人世観は斯ふと しかと見極めて、此の様な人物だから、斯の様な時には、斯ふするに相違ない と予見することなのです。


例へば今、正直そうに立派な事を云って居るが、此の人物は過去は、此の様な言葉通り 自己紹介する様な良い生活はして居ない筈である。それは、人に接した時の礼の行ひ方にある。正しい家庭で育ったのではあるまい、歯が随分白いではないか、冷いものばかりを喰べて居たに相違ない。よくない処で何年が過したに相違ない。此の人物は 人にへり下る態度が上手に身に付いている。若し、金を持つ事があれば 心情か一変するに相違ない と云ふ様なものです。


そら、鼻が高いから、低いから ではありません。
 

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