私の十八、九の頃かと思ふ。
フト町ですれ違った事がある、其の後 不施与派の坊主が死んだ と新聞でみた。此の坊主は印度か、タイ系ではないか、勿論外人である。不施与派とは、与へぬ 与へられぬことを行とし信条とし戒律とした宗派なのだある。
どうして日本に来ていたのか、本郷あたりの道傍で衰弱して、行路病者として収容されて死んだ筈である。こんなのこそ、乞食道の一派ではなかろふか。
昔のこと、今でも惜しい、一言言葉でまかはしておきたかったと思ふ。
僧の托鉢も乞食道の器である。本当は食器である、それを捧げて、日に一食の施与を受けるものであって、これには、熱食以外、受けてはいけないものである。
勿論、賤銭、衣類及びそれに類するものは受けてはならぬのである。
熱食一食を受け終れば、其の後は樹下石上に瞑想し学究し、行に精進するのである。これが本当の"僧"の"托鉢行"なのである。
今では 此の應量器と云ふ 名すら知らぬ坊主が多い。
嘆かはしい事ではないか。
