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「炬」おしゃべり 殻を脱ぐ―5

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2024-03-17

 

商人は商売そのものが好きなのです。

その中に自分の特徴を伸ばすことを目的としているのでせう。その為に商売を大切にし、働くのでせう。斯ふなると、初めて 性命を発揮する為の躯となり、いのちとなり働きとなり、「大切なもの」になって来ます。
 

この、性命的な希望と云ふか、目的と云ふか、満足感がないと、只、いのちを養ふ為に働く形になり、すぐ生活に張り合ひが無くなり、すぐ疲れて終ひます。

 

ところが、幼い時から、否、生まれるとすぐ両親から躾けられます。子供への期待から、勉強させられます。斯ふなれああなれと形付けられます。固められます。これが殻です。ペンキ、コンクリートです。中で本然の性命がペチャンコになって終ひます。枯れかかります。
 

少年期にも青年期にも反抗期があります。

親の塗り付けるペンキ コンクリートを被ろふとする 性命の抵抗なのです。コレアレと希望の形にすら掴んでいない人です。只、赤ん坊が意志表現出来ず 泣き叫ぶ様な形で現はれるのを、家の子は反抗期だと簡単に思って居るのです、反抗しない「よい子」も居ます。性命力がペンキ、コンクリートの圧力に負けているのか、或いは腐って終ったのでせう。
 

不良少年の姿にも性命力の反抗が大きく見られます、

強く押へられた反抗でせう、正しい理解さへあればあの様にとんでもない方向に向はずに済んだのです。又、本来 その様になる「性命」の人もあるのです。
 

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