「とても苦しいんです。」「もう厭になって終ふ」商人が言って来る。”それならもう、商賣をやめなさい”商人である以上、金のヤリクリは死んでまでも付きものさ、商人としての業なんだ。その苦勞がいやなら、さっさと商人をやめるんですね、何仕事でも、傍見は樂の様でもそれそれ云ひ切れぬ苦勞のあるもの、愚痴でコボス人には俺もあっさり言ふことにしてゐる。
画描きに何か苦勞がある、それが絵の苦勞以外のものならば、例へば借財や、病気、爭ひ事大概こんなもの、それなら、大程方策は考へられるが、事、画の事なら、専門家だろ、絵には素人の俺に相談したって、仕方あるまい。商賣は「道によって賢し」で商賣のことは、その道その道によって方策もある、愚痴をこぼさずに、商人にとっては、金の苦勞は付きものだから、アキラメルコト。
芸者さんなら、三味線に苦しむこと、芸者さんらしくその苦勞の三味線に精進苦勞、没頭した生活をすれば、その苦勞は自然と離れるものだのに、ウロチヤラして、旦那を慾しがって、芸の修業は二の次、旦那様が出来て、又苦勞、女のくせに箸豆もやる、これが芸者の業の上塗りの業になるのさ。こんな苦業は自分で拾ひ集めた業苦である。
