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「俺はこう思う」禪「私の考へ方」-13

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-04-06

 

久し振りに禪の老師に逢った。「お前は隨分と変ったな。思ひ切った生活と仕事をやると言うが、どう云う風にやるか」と、


「君子一日に三省すでは小便も思うやうに出来ません。私は一に良いな!!と考える、二に人が良いと言うのを聞く(相談するのじやない。)三にはすぐそれを實行しただけです。一で考へ付いて、二に自信でしやう。


人とは人間にかぎらない。電車の中の人の言葉でも、広告でも、道傍の品物でも、一切合財が人で、これから、良いわるい、出来る出来ないのヒントを取る。と同時に三の實行をしたんです。一、二、三、が同時のときもありました」と言ったら、「それだよ、禪の一切はそれだよ」と言ってほかて貰ったことがある。


思ひ立ったらすぐやる、唄じやないが、「思ひこんだら、いのちがけ、男のこころ」だ。四囲の人が馬鹿だ、滅茶だと言う、女房がハラハラして見てる、やめられるもんか!!四囲の人は理性家だよ、理屈屋だよ、


「俺は俺だ」どうしてもこれ以外の方法がない、必要と思ったから、そして、鰯の頭も信心から、仕方ないじやないか、


人が無茶と云うが、俺は俺の立場から眞剣なんだ。又、それをやるだけの態勢も必要なんだ。その態勢は常に自分の状況に合はせて、用意してゐた。だから、俺は實行に迷ったことがない。進むときはすぐ進む、そのかはり、悪るい!!と思ったらすぐストップ、退却タイキャク。右にも左にもすぐ変更したし、さっきまで黒の方針で居ても、今は白の方針だ。臨機應変俺の主義は、方針はこうだなんて、言ったことがない。言ったって、それにとらはれない。その時その時の状況でさっと、拾ふ捨てる、君子豹変、大人虎変と云ふ奴、だから楽さ、
 

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